セガ (SEGA) のカーレースのゲームの音楽が好きだった

そのころ、私は会社に勤めていて、昼休みに昼食をとった後、喫茶店に行くか、またはゲームセンターでゲームに興じるかの2択で時間を潰していた。そしてよくゲームセンターに行ったのだが、私がプレイするゲームは決まっていて、それがセガ (SEGA) のカーレースのゲームだった。私はそのゲームが得意で、4つあるステージの最後までをクリアすることができたため、昼休みのある程度の時間を潰すのにはちょうど良かったのだ。

そして、その最後のステージをクリアするとゲームのエンディングの音楽が流れるのだが、その音楽が何とも心地良く、私はゲームが終わってからも、次に待っている人がいなければ、その音楽が終わるまで、そのサウンドに聴き入っていた。それは、会社から解放され、束の間の昼休みにほんの少しだけ得ることのできる癒しの時間だった。そして、そのメロディーを聴き終わると、私はゲームセンターを後にして、また足早に会社に戻っていく。そのころの私は会社に馴染むことができず、仕事には夢中になっていたものの、人間関係は思うようにいっていなかった。だから、余計にその音楽が心に響いていたのかもしれない。

やがて私はその会社を去ることになり、ゲームセンターにも行くことはなくなった。もともとゲームが好きだったわけではなく、そのゲームに熱中していた理由もどちらかというと車を運転するのが好きだったからなのだ。しかし、あのゲームのエンディングに流れていた音楽と風景のイメージはその後も私の頭の中に微かに残っていた。

そして、最近になってWebでこのゲームのことを調べてみると、思いの他、ファンが多いことがわかり、また、その音楽の作曲者まで知ることができた。

セガ (SEGA) の1986年に発売されたゲームで、アウトラン (OUT RUN) というのが正式名称らしい。音楽は川口博史という人が創っていて、日本のゲームミュージック界の著名な作曲家のひとりらしい。私が好きだった曲は『Last Wave』という曲だったということもわかった。

しかも、このセガ (SEGA) のゲームの音楽は、別バージョンでCDも発売されているという。なるほどな、と思った。私が気に入ったエンディングの曲だけでなく、ゲームをプレイしているときに流れる曲全てがフュージョン系の心地良い音楽だったのだ。ファンも多かったに違いない。実際、Webでも未だに話題になっているようだ。

このゲームは3Dゲームの走りらしいが、その後のよりリアルな3Dゲームよりもまだ平面的で、絵や色彩にもどこか温かいものを感じさせられた。そうそう、1980年代前半にザ・バグルズ (The Buggles) の『ラジオスターの悲劇 (Video Killed the Radio Star) 』という曲があって、テクノポップでありながらも聴いたときにどこか暖かさを感じさせられる、あの雰囲気を彷彿させるような。


ABCヤングリクエストの後の放送局のエンディングのオルゴールのメロディー

ずいぶん以前に関西には『ヤングリクエスト』というラジオ番組があって、洋楽と歌謡曲そしてイージーリスニングまでが一緒になった音楽のベストテンが放送されていた。ポール・モーリア グランド・オーケストラ (LE GRAND ORCHESTRE DE PAUL MAURIAT) 、カーペンターズ (Carpenters) 、ベイ・シティ・ローラーズ (Bay City Rollers) と一緒に西城秀樹やキャンディーズが流れてくる、という、今思い出すとかなり異次元な感覚なのだが、当時のAM放送ではそれが当たり前だった。

番組は22時から始まり、早朝の3時に終わるのだが、私はまだ子供だったため、あまり遅くまで聴いていると、別の部屋で寝ていたはずの父によく「早く寝なさい!」と叱られた。

とは言ってもラジオを聴いているうちに眠ってしまうことがほとんどだったため、番組を最後まで聴くことは稀だった。そして、父に聴こえないように音を小さくして耳を凝らしながら、たまに最後まで起きて聴いていたことがあるのだが、そのとき番組のエンディングテーマが流れた後に、「この後明け方の5時まで放送が休みになる」旨のアナウンスが入り、その後に放送局のエンディングとして、オルゴールのメロディーが流れていた。

このオルゴールのメロディーが秀逸で、繰り返し聴いているうちに何とも言えない不思議な気分になってくる。もしもあの曲を作曲したのが「浪花のモーツァルト」ことキダ・タローさんだったら驚きだな、と思ってある夜、密かな期待を抱きながらWebで調べてみると、オープニングテーマとエンディングテーマがキダ・タローさんの作品だということが判明した。しかし、オルゴールのメロディーもキダ・タローさんの作品なのかどうかはわからなかった。その代わり、何と当時流れていたそのオルゴールの曲を発見して聴くことができた。

https://nicoviewer.net/nm3813247

またYouTubeではヤングリクエストのオープニングテーマ及びエンディングテーマ、さらには最終回の録音まで聴くことができた。Webで聴く古いラジオ番組。ちょっと不思議な感覚だった。

摩訶不思議黄昏色楽団 (Magical Twilight Orchestra) のいずれ発表される予定のアルバムの中に実は歌謡曲をテーマにしたアルバムがある。これは当時の歌謡曲を摩訶不思議黄昏色楽団 (Magical Twilight Orchestra) が復刻するというわけではなく全てオリジナルの楽曲になるが、ベースにはヤングリクエストや当時のテレビで見たり聴いたりした西城秀樹、野口五郎、山口百恵、ピンク・レディー、西川峰子から宇崎竜童といった昭和の歌謡曲のイメージがある。そしてアルバム全体として「歌謡曲」を描く、という企画だ。


世界でいちばん好きなドラマーはリンゴ・スター (Ringo Star)

いろいろな音楽を聴いていて、これだけははっきりと言えることがある。それは、世界でいちばん好きなドラマーはリンゴ・スター (Ringo Star) だということ。リンゴ・スター (Ringo Star) と言えば、ザ・ビートルズ (The Beatles) の中では、彼らを主人公とする映画『イエロー・サブマリン (Yellow Submarine) 』の中でも描かれているように、おとぼけキャラのようなイメージがあるが、ドラムに関しては紛れもなく天下一品だと思う。

涙の乗車券 (Ticket to Ride) 』の独特なリズム、『デイ・トリッパー (Day Tripper) 』から『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド (Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band) 』『マジカル・ミステリー・ツアー (Magical Mystery Tour) 』『ヘイ・ジュード (Hey Jude) 』『レット・イット・ビー (Let It Be) 』に至るまで、リンゴ・スター (Ringo Star) のドラムは聴けば聴くほどカッコいい!そのノリとリズム感、フィルインのセンスが抜群だと思う。スネアのキレも最高だ。尚、ザ・ローリング・ストーンズ (The Rolling Stones) のチャーリー・ワッツ (Charlie Watts) も素敵だが、私の場合は僅差でリンゴ・スター (Ringo Star) に票を入れてしまう。『ツイスト・アンド・シャウト (Twist and Shout) 』だって、ジョン・レノン (John Lennon) のヴォーカルはともかく、リンゴ・スター (Ringo Star) のドラムも相当イカスと思いませんか?

ザ・ビートルズ (The Beatles) の音楽を聴くときに、リンゴ・スター (Ringo Star) のドラムがなかったら、またちょっと世界が変わっていたと思う。ドラマーがリンゴ・スター (Ringo Star) だったからこそ、ザ・ビートルズ (The Beatles) の音楽はより良くなったのだと個人的には確信している。

実は私は学生時代にドラムをかじったことがある。本来ならキーボードで良かったのだが、それでは面白くない、と思ってしまった。そういう性分がその後の自分を摩訶不思議な人生へと導いていくことも知らず。そして、そのときにイメージしていたのがリンゴ・スター (Ringo Star) のドラムだった。と言っても、私の場合はオカズ (フィルイン) が多過ぎるのと、日によって演奏の落差が激しかったということもあり、決してリンゴ・スター (Ringo Star) のように叩くことができたわけではないのだが。

摩訶不思議黄昏色楽団 (Magical Twilight Orchestra) の楽曲の中のドラムは、私の学生時代の経験もあり、とてもこだわっている。時には差し替えたりもするし、気に入らなければ、最初からやり直したりもする。ドラムによって楽曲の印象は随分変わるからだ。そして、このときも、やはりお手本にしているのが、常にリンゴ・スター (Ringo Star) のあのキレのいいドラムなのだ。


ビル・エヴァンス (Bill Evans) の狂気を見た演奏 Here’s That Rainy Day、そしてスローな楽しみ方

ビル・エヴァンス (Bill Evans) と言えばピアノトリオによるJazzの新境地を切り開いた巨人というのが一般的な評価だと思うし、私もそのことに異論はないが、私の場合、ビル・エヴァンス (Bill Evans) を初めて聴いたのは実はアルバム『Alone』だった。ピアノソロによるアルバムでJazz Piano Soloの新境地を切り開いたアルバムでもある。

その1曲目『Here’s That Rainy Day』。海辺に置かれたピアノから静かに音が流れ出てくるようなイメージの出だしから、アドリブに切り替わると一転し、ビル・エヴァンス (Bill Evans) 独特のフレーズが次から次へと紡ぎ出され、白熱し、やがてアドリブはクライマックスへと向かう。初めてこの演奏を聴いたとき、私はあまりに圧倒され、アドリブの中盤からクライマックスにかけての展開には狂気さえ感じさせられた。そして鳥肌が立ってきた。只者じゃない演奏。こんなすごいピアノソロがあるなんて。どこからが右手で、そしてどこからが左手で弾かれているのかさえわからない。アドリブの最後の方で奏でられる2小節くらいのポップス調のフレーズも1960年代後半から70年代にかけてのロックやポップスの雰囲気が感じられて面白い、と感じた。

アルバム『Alone』がグラミー賞 最優秀ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム賞を受賞していたことを後で知ったが、それでなくてもこのアルバムは素晴らしい。ピアノソロだけに、ビル・エヴァンス (Bill Evans) が表現しようとした思いがダイレクトに伝わって来るからかも知れない。

最近ではYouTubeでビル・エヴァンス (Bill Evans) のレアな映像を観ることができるが、それらの演奏を聴いていても、やはりこの人には凡人ではないキレた印象を受ける。演奏しながら、ますます深みにはまっていくような。

ビル・エヴァンス (Bill Evans) 以降最近のJazzピアニストに至るまで、その演奏を聴いていると、時々、ビル・エヴァンス (Bill Evans) の影響を受けているのがはっきりとわかる人たちに遭遇する。ビル・エヴァンス (Bill Evans) が後世のJazzピアニストたちに与えた影響がいかに大きいかが受け取れる。実際、私も摩訶不思議黄昏色楽団 (Magical Twilight Orchestra) を結成する前にビル・エヴァンス (Bill Evans) ばかり聴いていたころは、少なからずビル・エヴァンス (Bill Evans) 風のフレーズを無意識に弾いていたことがあった。

アルバム『Alone』を聴いてからしばらくの間、私はビル・エヴァンス (Bill Evans) に夢中になった。しかし、ビル・エヴァンス (Bill Evans) の場合はなぜか全てのアルバムを一挙に聴くのではなく、長い時間をかけて1枚ずつ、ゆっくりと聴いていきたいと思った。だから、大好きなのに未だに全てのアルバム、演奏を聴き切っていない。人生の中で折に触れて思い出した際にビル・エヴァンス (Bill Evans) のCDを買い足していく。そして、お酒を飲みながら、その夜はじっくりと買ってきたばかりのアルバムを聴く。音楽にロマンスを求めたビル・エヴァンス (Bill Evans) だからこそ、そんなスローな楽しみ方でもいいような気がする。

お薦めの曲『Twilight Room / 黄昏ゆく部屋 – Magical Twilight Orchestra / 摩訶不思議黄昏色楽団
Twilight Room / 黄昏ゆく部屋 - Magical Twilight Orchestra / 摩訶不思議黄昏色楽団


音楽を創っていて無力感に襲われる瞬間

仕事の合間に山に登ることがある。と言っても、軽いハイキング程度のコースなのだが。そして頂上に辿り着いた瞬間、ある無力感に襲われることがある。つまり、そこには音楽などいらない、ということだ。そこには鳥や虫の鳴き声、木々の葉や草が揺れ合う音そして風の音など、自然が奏でる豊かなサウンドがあり、それらを聴いていると、とても音楽など聴く気にはなれない。自然に勝るものはない、と思ってしまう。これは絵画、彫刻を始めとするすべての芸術に言えることなのかも知れない。もっとも、芸術にはまた別の役割がある、ということなのかも知れないのだが。

あるとき、そんな無力感に襲われながら山を下りていくときに、摩訶不思議黄昏色楽団 / Magical Twilight Orchestraの最後のアルバムは、「無音」のアルバムにしようかなと考えたことがある。つまり、時間は過ぎるが、何の音も入っていない、空の状態。これはザ・ビートルズ (The Beatles) の『White Album』以来のすごいアイデアだと思った。しかし、次の瞬間、もしもそんなことをしたら「この人たちついに鶏冠 (トサカ) にきたのかな」って。

 


なんて切ないメロディー 3 夕涼み / 松任谷由実

私が学生だったころ、ユーミンのファンがそこら中にいて、当時交際していた彼女もそうだったし、その後交際した彼女もそうだったし、同じ学校に通っていた女の子たちもそうだったし、アルバイト先で知り合った女の子もそうだった。女の子はみんなユーミンが好きなのかな、と思うくらい私の周りにはユーミンファンの女の子が多かった。というより、ユーミンがそれほど、人気があった、ということなのだろう。そして私は『あの日に帰りたい / 荒井由美』以外の当時の彼女のアルバムは、全てユーミンファンの彼女たちからもらったテープで聴いていた。つまりその他のアルバムは買ったことがなかった。

ユーミンの曲は切ないメロディーが多く、刹那の女王と言っても過言ではないと思うのだが、中でも個人的に極めつけに切なく感じる曲がある。アルバム『PEARL PIERCE』に収録されている『夕涼み』だ。私は音楽を聴くときに歌詞はあまり聞いていないので、確かにこの曲の歌詞も極めつけに切ないとは思うが、何よりもやはりメロディー、編曲、ユーミンのヴォーカルが切ない。この曲を夏に聴くと何とも言えない気分になる。このアルバムもやはり学生時代に同じ学校の女の子からもらったテープで聴いていた。そしてテープの時代が終わってからは、ユーミンを聴くこともなくなっていたのだが、あるときふと思い出して、CDまで買ってしまったのが、この『PEARL PIERCE』だった。そして『夕涼み』を聴いたとき、期待通りと言うか、やはり切ない気分に襲われた。

このアルバム全体がメランコリックなムードで溢れているが、あるときFMラジオでユーミンがこのアルバムに関して、「アンニュイな夏」を表現したかった、と語っていたのが印象的だった。確かにその雰囲気が絶妙に表現されていると思った。

また、ユーミンのあえて、切ないもう1曲となると個人的には間違いなく『中央フリーウェイ』だろう。さらにもう1曲となると延々と続いてしまう。やはり刹那の。。

尚、ユーミン本人も自分のことを天才だと言っているが、全く異論はない。世界に通用する日本の数少ないメロディーメーカーに違いない。

お薦めの曲 『Recollection / 回想 – Magical Twilight Orchestra / 摩訶不思議黄昏色楽団』 
Recollection / 回想 - Magical Twilight Orchestra / 摩訶不思議黄昏色楽団


Night To Rememberがディスコに流れていたころ

そのころ、私はマスコミ関連の仕事に携わっていた関係で、時々映画、その他のチケットを入手できる機会があった。また、取材がてら様々なアーティストのコンサートやライブに出向く機会もあったりした。そんな関係で、当時ディスコのチケットもよくいただいていた。そして私は友人たちを誘ってチケットを配り、夜な夜なディスコに通い詰めていた時期があった。

当時、ディスコではユーロビートが主流だったが、個人的には好きでも嫌いでもなく、好きなメロディーに出会うこともなかった。しかし一方で、スタンダードなナンバーも常に織り込まれていて、その中で最も好きだった曲がShalamarの『Night To Remember』だった。この曲の、宴が終わった後の寂しさのような感覚が、何度聴いても胸にくる。私は友人たちと騒ぎながらも、この曲になると密かに聴き入っていた。そして曲が変わると、また元の世界に戻っていく。

Shalamar

やがてディスコでの遊びにも飽きて私はディスコへは行かなくなった。そもそも友人たちと騒ぐのが楽しかっただけなので、ディスコが好きだったわけでもなんでもなかった。その後、友人たちはそれぞれの道を歩み、私も様々な制作活動に没頭し、仕事にも忙殺されるようになった。様々な人たちと同様、多くの愛も知り、悲しみにも遭遇した。そうしている間に気がつくとディスコ全盛の時代は幕を閉じていた。さらにその後も様々な出来事が次から次へと通り過ぎ、自分自身もとんでもないところにまで来てしまったのかも知れない。

そんなとき、ふと・・・。

黒服を着てターンテーブルを回していたあのアイドル風のDJたちは今はどうしているのだろう?
そして、DJのマスターは今もどこかのクラブで『Night To Remember』を流しているのだろうか?


なんて切ないメロディー 2 Sweet Surrender / Chieli Minucci & Special EFX

smoothjazz.comをBGMにしていたころ、激しく琴線を揺さぶられるメロディーがあった。『Sweet Surrender / Chieli Minucci & Special EFX』。

Chieli Minucci & Special EFX

 

この曲もまた、激しく琴線を刺激してくる。それは不思議な感覚で、その理由がなぜなのかはやはりわからない。そして、こういう曲と出会うと思わず「こんな曲を創ってみたい!」と思ったりする。しかし、摩訶不思議黄昏色楽団 (Magical Twilight Orchestra) の場合は、頭で考えてこんな曲を、というような創り方はできないので、それは不可能かも知れない。

この手の素晴らしい楽曲がSmooth Jazzを始めJazzの世界にいくつもあって、一般的にはそれほど知られていない、ということがとても残念だ。


スタインウェイを初めて弾いたとき

2008年9月のある日、私はスタインウェイを指弾するためにとあるスタインウェイサロンへ出かけた。そして、スタインウェイを初めて弾くことになった。鍵盤に触れ、音を鳴らした瞬間、私はその音色、響きの良さに圧倒される。

練習室には二台のフルコンサートピアノが置かれてあった。私は二台を弾き比べ、音色が明るい方を弾くことにした。素晴らしい。それは少し弾いただけでも想像を絶するサウンドだった。まさかこんなにすごい音が鳴るなんて思ってもみなかった。初めてスタインウェイを弾いた。今までの自分のピアノ人生が何だったのだろう、と思うくらいの衝撃だった。何とも言えない感触の鍵盤、それはほんの小さな繊細な音まで表現できる。低音から高音に至るまでの見事な響き、倍音。どれを取っても確かに一流品だ。まさにCDで聴いていた音だ。今まではCDで聴く音は加工された音だからまた違う、と思っていた。しかし、そうではなかった。元の音が素晴らしいから録音されてもああいう素晴らしい響きになるのだということがわかった。私は夢中になって、一時間の間に十曲ほど弾いた。至福の時間が過ぎていった。

ピアノを弾き終わった後、店の人にスタインウェイのことをいろいろと教わった。店の人曰く、ニューヨーク製のものは暴れ馬、ハンブルグ製のものは貴婦人の印象、ということだった。そして鍵盤のサイズがニューヨーク製のものの方が少し小さいらしい。JAZZにはニューヨーク製が使われ、クラシックにはハンブルグ製が使われることが多い、という。そのとき私が弾いたのはハンブルグ製だった。

店を出てからの帰り道、私はまだ呆然としていた。夢の中で狐に包まれているような気分だった。
DATを持っていって演奏を録音しておいたのだが、家に帰ってからそれを聴いて、また驚かされた。家のピアノを何度録音しても思ったようなサウンドにならなかったので、それはマイクが悪いからだと思っていたのだが、その日録音したものを聴くと何とイメージしていた音が録れていた。グランドピアノとアップライトピアノの違いとか、部屋の環境の違いということもあるだろうが、やはり決定的に音色と響きが違う。私は何度も自分で弾いたスタインウェイの音を聴き返した。


なんて切ないメロディー 1 ハート・トゥ・ハート (Heart To Heart) / ケニー・ロギンス (Kenny Loggins)

切ないメロディー、聴いただけで胸がキュンとなるメロディーがある。例えば、ケニー・ロギンス (Kenny Loggins) の『ハート・トゥ・ハート (Heart To Heart) 』。1982年に発表された紛れもないAORの名曲のひとつだ。

私はこの曲のサビの部分を聴くと、何とも言えない切ない気分になる。そしてなぜか海とウィンドサーフィンを連想してしまう。それらは、メロディーの影響なのか、ケニー・ロギンス (Kenny Loggins) のファルセットヴォイスの影響なのかわからないが、なぜか激しく琴線を揺さぶられる。

あるときYouTubeでケニー・ロギンス (Kenny Loggins) とマイケル・マクドナルド (Michael McDonald) のデュエットによるこの曲のLIVEを見つけることができた。

期待していたサビのファルセットヴォイスこそ聴くことはできなかったものの、素敵に歳を重ねたケニー・ロギンス (Kenny Loggins) がヴォーカルのみならず、トータルに素晴らしい、と思った。歳をとった今の方がカッコいいとか、音楽とは関係のないどうでもいいことを書きたくなるくらい。。