音楽を創る意味って何だろう?

例えば、隣のおばさんに親切にしたとする。あるいは、例えば今日電車に乗っていて、お年寄りに席を譲ったとしよう。お年寄りは感謝するかも知れないし、まだそんなに体は弱っていないのに、失礼だな、と思うかも知れない。しかし、いずれにしても、その電車に乗っている間、少し楽ができて、そのおかげで少なくとも、その後で階段で転ばずに済んだのかも知れない。そして、そのお年寄りは無事孫に会いに行くことができて、孫にプレゼントを渡すことができた。孫は喜び、お母さんも喜んで、美味しいご飯を作ることができた。その後帰宅した夫は、その美味しいご飯を食べて、体調が元に戻り、次の日、会社で、部下の失敗に対して寛容な態度で接することができた。そのおかげで部下は失敗にくじけることなく、その後のプロジェクトで真価を発揮することになる。

一方、逆の循環ももちろんのことで、お年寄りに席を譲るかどうかでなくとも、例えば、朝から気分がすぐれず、会社でつい部下に八つ当たりしてしまい、八つ当たりされた部下は会社が終わってから、彼女と些細なことで口論になってしまい、彼女は次の日、会社でミスを犯してしまい、そのミスによって機嫌を損ねた顧客は家に帰って妻にささいなことで文句を言ってしまい・・・・・・。

これらはあくまで例えばの話だが、誰かに対するささやかな行為が、巡り巡って様々な好循環を生み出し、誰かの気分を害するような言動や行動が、とんでもない悪循環を形成してしまう、と私は考えている。

音楽を創るということも、つまりそういうことだと思っている。もちろん、全ての人々が摩訶不思議黄昏色楽団 (Magical Twilight Orchestra) の音楽を気に入ってくれるとは限らないが、仮に気に入ってくれた人がいたとして、その人はある楽曲を聴くと、朝の時間が快適になり、そのおかげで仕事をやる気が出てきたり、悲しいことがあったときに、ある楽曲を聴いて癒されたり・・・・・・。そして、ささやかながらも、作者である私の想像を超えた様々な循環がそこから生み出されていればいいなと願っている。

最初はその意味がわからなかったから、ただ闇雲に制作を続けてきた。しかし、ある時期以降は、私は、だから「創る」ためだけに生きてきた。

そして、音楽に限らず、これは全ての創作物、芸術作品、全ての製品、全てのサービス、全ての人々のささやかな日々において、同じことが言えると考えている。

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