世界でいちばん好きなドラマーはリンゴ・スター (Ringo Star)

いろいろな音楽を聴いていて、これだけははっきりと言えることがある。それは、世界でいちばん好きなドラマーはリンゴ・スター (Ringo Star) だということ。リンゴ・スター (Ringo Star) と言えば、ザ・ビートルズ (The Beatles) の中では、彼らを主人公とする映画『イエロー・サブマリン (Yellow Submarine) 』の中でも描かれているように、おとぼけキャラのようなイメージがあるが、ドラムに関しては紛れもなく天下一品だと思う。

涙の乗車券 (Ticket to Ride) 』の独特なリズム、『デイ・トリッパー (Day Tripper) 』から『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド (Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band) 』『マジカル・ミステリー・ツアー (Magical Mystery Tour) 』『ヘイ・ジュード (Hey Jude) 』『レット・イット・ビー (Let It Be) 』に至るまで、リンゴ・スター (Ringo Star) のドラムは聴けば聴くほどカッコいい!そのノリとリズム感、フィルインのセンスが抜群だと思う。スネアのキレも最高だ。尚、ザ・ローリング・ストーンズ (The Rolling Stones) のチャーリー・ワッツ (Charlie Watts) も素敵だが、私の場合は僅差でリンゴ・スター (Ringo Star) に票を入れてしまう。『ツイスト・アンド・シャウト (Twist and Shout) 』だって、ジョン・レノン (John Lennon) のヴォーカルはともかく、リンゴ・スター (Ringo Star) のドラムも相当イカスと思いませんか?

ザ・ビートルズ (The Beatles) の音楽を聴くときに、リンゴ・スター (Ringo Star) のドラムがなかったら、またちょっと世界が変わっていたと思う。ドラマーがリンゴ・スター (Ringo Star) だったからこそ、ザ・ビートルズ (The Beatles) の音楽はより良くなったのだと個人的には確信している。

実は私は学生時代にドラムをかじったことがある。本来ならキーボードで良かったのだが、それでは面白くない、と思ってしまった。そういう性分がその後の自分を摩訶不思議な人生へと導いていくことも知らず。そして、そのときにイメージしていたのがリンゴ・スター (Ringo Star) のドラムだった。と言っても、私の場合はオカズ (フィルイン) が多過ぎるのと、日によって演奏の落差が激しかったということもあり、決してリンゴ・スター (Ringo Star) のように叩くことができたわけではないのだが。

摩訶不思議黄昏色楽団 (Magical Twilight Orchestra) の楽曲の中のドラムは、私の学生時代の経験もあり、とてもこだわっている。時には差し替えたりもするし、気に入らなければ、最初からやり直したりもする。ドラムによって楽曲の印象は随分変わるからだ。そして、このときも、やはりお手本にしているのが、常にリンゴ・スター (Ringo Star) のあのキレのいいドラムなのだ。

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ビル・エヴァンス (Bill Evans) の狂気を見た演奏 Here’s That Rainy Day、そしてスローな楽しみ方

ビル・エヴァンス (Bill Evans) と言えばピアノトリオによるJazzの新境地を切り開いた巨人というのが一般的な評価だと思うし、私もそのことに異論はないが、私の場合、ビル・エヴァンス (Bill Evans) を初めて聴いたのは実はアルバム『Alone』だった。ピアノソロによるアルバムでJazz Piano Soloの新境地を切り開いたアルバムでもある。

その1曲目『Here’s That Rainy Day』。海辺に置かれたピアノから静かに音が流れ出てくるようなイメージの出だしから、アドリブに切り替わると一転し、ビル・エヴァンス (Bill Evans) 独特のフレーズが次から次へと紡ぎ出され、白熱し、やがてアドリブはクライマックスへと向かう。初めてこの演奏を聴いたとき、私はあまりに圧倒され、アドリブの中盤からクライマックスにかけての展開には狂気さえ感じさせられた。そして鳥肌が立ってきた。只者じゃない演奏。こんなすごいピアノソロがあるなんて。どこからが右手で、そしてどこからが左手で弾かれているのかさえわからない。アドリブの最後の方で奏でられる2小節くらいのポップス調のフレーズも1960年代後半から70年代にかけてのロックやポップスの雰囲気が感じられて面白い、と感じた。

アルバム『Alone』がグラミー賞 最優秀ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム賞を受賞していたことを後で知ったが、それでなくてもこのアルバムは素晴らしい。ピアノソロだけに、ビル・エヴァンス (Bill Evans) が表現しようとした思いがダイレクトに伝わって来るからかも知れない。

最近ではYouTubeでビル・エヴァンス (Bill Evans) のレアな映像を観ることができるが、それらの演奏を聴いていても、やはりこの人には凡人ではないキレた印象を受ける。演奏しながら、ますます深みにはまっていくような。

ビル・エヴァンス (Bill Evans) 以降最近のJazzピアニストに至るまで、その演奏を聴いていると、時々、ビル・エヴァンス (Bill Evans) の影響を受けているのがはっきりとわかる人たちに遭遇する。ビル・エヴァンス (Bill Evans) が後世のJazzピアニストたちに与えた影響がいかに大きいかが受け取れる。実際、私も摩訶不思議黄昏色楽団 (Magical Twilight Orchestra) を結成する前にビル・エヴァンス (Bill Evans) ばかり聴いていたころは、少なからずビル・エヴァンス (Bill Evans) 風のフレーズを無意識に弾いていたことがあった。

アルバム『Alone』を聴いてからしばらくの間、私はビル・エヴァンス (Bill Evans) に夢中になった。しかし、ビル・エヴァンス (Bill Evans) の場合はなぜか全てのアルバムを一挙に聴くのではなく、長い時間をかけて1枚ずつ、ゆっくりと聴いていきたいと思った。だから、大好きなのに未だに全てのアルバム、演奏を聴き切っていない。人生の中で折に触れて思い出した際にビル・エヴァンス (Bill Evans) のCDを買い足していく。そして、お酒を飲みながら、その夜はじっくりと買ってきたばかりのアルバムを聴く。音楽にロマンスを求めたビル・エヴァンス (Bill Evans) だからこそ、そんなスローな楽しみ方でもいいような気がする。

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音楽を創っていて無力感に襲われる瞬間

仕事の合間に山に登ることがある。と言っても、軽いハイキング程度のコースなのだが。そして頂上に辿り着いた瞬間、ある無力感に襲われることがある。つまり、そこには音楽などいらない、ということだ。そこには鳥や虫の鳴き声、木々の葉や草が揺れ合う音そして風の音など、自然が奏でる豊かなサウンドがあり、それらを聴いていると、とても音楽など聴く気にはなれない。自然に勝るものはない、と思ってしまう。これは絵画、彫刻を始めとするすべての芸術に言えることなのかも知れない。もっとも、芸術にはまた別の役割がある、ということなのかも知れないのだが。

あるとき、そんな無力感に襲われながら山を下りていくときに、摩訶不思議黄昏色楽団 / Magical Twilight Orchestraの最後のアルバムは、「無音」のアルバムにしようかなと考えたことがある。つまり、時間は過ぎるが、何の音も入っていない、空の状態。これはザ・ビートルズ (The Beatles) の『White Album』以来のすごいアイデアだと思った。しかし、次の瞬間、もしもそんなことをしたら「この人たちついに鶏冠 (トサカ) にきたのかな」って。

 

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なんて切ないメロディー 3 夕涼み / 松任谷由実

私が学生だったころ、ユーミンのファンがそこら中にいて、当時交際していた彼女もそうだったし、その後交際した彼女もそうだったし、同じ学校に通っていた女の子たちもそうだったし、アルバイト先で知り合った女の子もそうだった。女の子はみんなユーミンが好きなのかな、と思うくらい私の周りにはユーミンファンの女の子が多かった。というより、ユーミンがそれほど、人気があった、ということなのだろう。そして私は『あの日に帰りたい / 荒井由美』以外の当時の彼女のアルバムは、全てユーミンファンの彼女たちからもらったテープで聴いていた。つまりその他のアルバムは買ったことがなかった。

ユーミンの曲は切ないメロディーが多く、刹那の女王と言っても過言ではないと思うのだが、中でも個人的に極めつけに切なく感じる曲がある。アルバム『PEARL PIERCE』に収録されている『夕涼み』だ。私は音楽を聴くときに歌詞はあまり聞いていないので、確かにこの曲の歌詞も極めつけに切ないとは思うが、何よりもやはりメロディー、編曲、ユーミンのヴォーカルが切ない。この曲を夏に聴くと何とも言えない気分になる。このアルバムもやはり学生時代に同じ学校の女の子からもらったテープで聴いていた。そしてテープの時代が終わってからは、ユーミンを聴くこともなくなっていたのだが、あるときふと思い出して、CDまで買ってしまったのが、この『PEARL PIERCE』だった。そして『夕涼み』を聴いたとき、期待通りと言うか、やはり切ない気分に襲われた。

このアルバム全体がメランコリックなムードで溢れているが、あるときFMラジオでユーミンがこのアルバムに関して、「アンニュイな夏」を表現したかった、と語っていたのが印象的だった。確かにその雰囲気が絶妙に表現されていると思った。

また、ユーミンのあえて、切ないもう1曲となると個人的には間違いなく『中央フリーウェイ』だろう。さらにもう1曲となると延々と続いてしまう。やはり刹那の。。

尚、ユーミン本人も自分のことを天才だと言っているが、全く異論はない。世界に通用する日本の数少ないメロディーメーカーに違いない。

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Night To Rememberがディスコに流れていたころ

そのころ、私はマスコミ関連の仕事に携わっていた関係で、時々映画、その他のチケットを入手できる機会があった。また、取材がてら様々なアーティストのコンサートやライブに出向く機会もあったりした。そんな関係で、当時ディスコのチケットもよくいただいていた。そして私は友人たちを誘ってチケットを配り、夜な夜なディスコに通い詰めていた時期があった。

当時、ディスコではユーロビートが主流だったが、個人的には好きでも嫌いでもなく、好きなメロディーに出会うこともなかった。しかし一方で、スタンダードなナンバーも常に織り込まれていて、その中で最も好きだった曲がShalamarの『Night To Remember』だった。この曲の、宴が終わった後の寂しさのような感覚が、何度聴いても胸にくる。私は友人たちと騒ぎながらも、この曲になると密かに聴き入っていた。そして曲が変わると、また元の世界に戻っていく。

Shalamar

やがてディスコでの遊びにも飽きて私はディスコへは行かなくなった。そもそも友人たちと騒ぐのが楽しかっただけなので、ディスコが好きだったわけでもなんでもなかった。その後、友人たちはそれぞれの道を歩み、私も様々な制作活動に没頭し、仕事にも忙殺されるようになった。様々な人たちと同様、多くの愛も知り、悲しみにも遭遇した。そうしている間に気がつくとディスコ全盛の時代は幕を閉じていた。さらにその後も様々な出来事が次から次へと通り過ぎ、自分自身もとんでもないところにまで来てしまったのかも知れない。

そんなとき、ふと・・・。

黒服を着てターンテーブルを回していたあのアイドル風のDJたちは今はどうしているのだろう?
そして、DJのマスターは今もどこかのクラブで『Night To Remember』を流しているのだろうか?

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なんて切ないメロディー 2 Sweet Surrender / Chieli Minucci & Special EFX

smoothjazz.comをBGMにしていたころ、激しく琴線を揺さぶられるメロディーがあった。『Sweet Surrender / Chieli Minucci & Special EFX』。

Chieli Minucci & Special EFX

 

この曲もまた、激しく琴線を刺激してくる。それは不思議な感覚で、その理由がなぜなのかはやはりわからない。そして、こういう曲と出会うと思わず「こんな曲を創ってみたい!」と思ったりする。しかし、摩訶不思議黄昏色楽団 (Magical Twilight Orchestra) の場合は、頭で考えてこんな曲を、というような創り方はできないので、それは不可能かも知れない。

この手の素晴らしい楽曲がSmooth Jazzを始めJazzの世界にいくつもあって、一般的にはそれほど知られていない、ということがとても残念だ。

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スタインウェイを初めて弾いたとき

2008年9月のある日、私はスタインウェイを指弾するためにとあるスタインウェイサロンへ出かけた。そして、スタインウェイを初めて弾くことになった。鍵盤に触れ、音を鳴らした瞬間、私はその音色、響きの良さに圧倒される。

練習室には二台のフルコンサートピアノが置かれてあった。私は二台を弾き比べ、音色が明るい方を弾くことにした。素晴らしい。それは少し弾いただけでも想像を絶するサウンドだった。まさかこんなにすごい音が鳴るなんて思ってもみなかった。初めてスタインウェイを弾いた。今までの自分のピアノ人生が何だったのだろう、と思うくらいの衝撃だった。何とも言えない感触の鍵盤、それはほんの小さな繊細な音まで表現できる。低音から高音に至るまでの見事な響き、倍音。どれを取っても確かに一流品だ。まさにCDで聴いていた音だ。今まではCDで聴く音は加工された音だからまた違う、と思っていた。しかし、そうではなかった。元の音が素晴らしいから録音されてもああいう素晴らしい響きになるのだということがわかった。私は夢中になって、一時間の間に十曲ほど弾いた。至福の時間が過ぎていった。

ピアノを弾き終わった後、店の人にスタインウェイのことをいろいろと教わった。店の人曰く、ニューヨーク製のものは暴れ馬、ハンブルグ製のものは貴婦人の印象、ということだった。そして鍵盤のサイズがニューヨーク製のものの方が少し小さいらしい。JAZZにはニューヨーク製が使われ、クラシックにはハンブルグ製が使われることが多い、という。そのとき私が弾いたのはハンブルグ製だった。

店を出てからの帰り道、私はまだ呆然としていた。夢の中で狐に包まれているような気分だった。
DATを持っていって演奏を録音しておいたのだが、家に帰ってからそれを聴いて、また驚かされた。家のピアノを何度録音しても思ったようなサウンドにならなかったので、それはマイクが悪いからだと思っていたのだが、その日録音したものを聴くと何とイメージしていた音が録れていた。グランドピアノとアップライトピアノの違いとか、部屋の環境の違いということもあるだろうが、やはり決定的に音色と響きが違う。私は何度も自分で弾いたスタインウェイの音を聴き返した。

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なんて切ないメロディー 1 ハート・トゥ・ハート (Heart To Heart) / ケニー・ロギンス (Kenny Loggins)

切ないメロディー、聴いただけで胸がキュンとなるメロディーがある。例えば、ケニー・ロギンス (Kenny Loggins) の『ハート・トゥ・ハート (Heart To Heart) 』。1982年に発表された紛れもないAORの名曲のひとつだ。

私はこの曲のサビの部分を聴くと、何とも言えない切ない気分になる。そしてなぜか海とウィンドサーフィンを連想してしまう。それらは、メロディーの影響なのか、ケニー・ロギンス (Kenny Loggins) のファルセットヴォイスの影響なのかわからないが、なぜか激しく琴線を揺さぶられる。

あるときYouTubeでケニー・ロギンス (Kenny Loggins) とマイケル・マクドナルド (Michael McDonald) のデュエットによるこの曲のLIVEを見つけることができた。

期待していたサビのファルセットヴォイスこそ聴くことはできなかったものの、素敵に歳を重ねたケニー・ロギンス (Kenny Loggins) がヴォーカルのみならず、トータルに素晴らしい、と思った。歳をとった今の方がカッコいいとか、音楽とは関係のないどうでもいいことを書きたくなるくらい。。

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マイケル・ジャクソン (Michael Jackson) と彼女とローファーと

ローファーを履くと、マイケル・ジャクソン (Michael Jackson) を思い出してしまう。そう、あの『スリラー (Thriler) 』『ビリー・ジーン (Billie Jean) のときにマイケルが履いていたローファーのイメージが強烈に私の脳裏には刻まれているのだ。ローファーを履いて気持ち良さそうにムービングウォークをしていたマイケル。確かにムービングウォークには、スニーカーでは当たり前すぎるし、かと言ってプレーントゥでもない。オペラパンプスでもなく、やはりローファーがいちばんしっくりくるし、粋に見えるような気がする。恐らくこのコーディネートはマイケルのセンスなのだと思うが、さすがだなぁ、とつくづく感心させられてしまう。

マイケル・ジャクソン (Michael Jackson)

そんなイメージがあるから、なぜかローファーを履くと、カッコ良く歩くことができるようになった錯覚に陥る。とは言ってもあくまで気分の問題なので、気持ち良く履くことができていればそれでいいのだが。

ちなみに私が愛用しているローファーは、リーガル (REAGAL) の2177Nだ。私はこのローファーをずいぶん以前から愛用していて、実を言うと、私はゴム底のスリッポンタイプのものを除けば、これ以外のローファーを知らない。このローファーを選ぶ理由もまたあって、それは学生時代に遡る。ある朝の通学途中に私は同じ学校のある女の子の後ろ姿に釘付けになった。ジーンズにスニーカー、ではなくローファー。それ自体は当時も別に珍しくも何ともなかったのだが、その女の子はスタイルの良さとも相まって、とてもカッコ良く見え、また、マイケルと同じく、とても気持ち良さそうに歩いている姿が印象的だった。そして彼女が履いていたローファーがリーガル (REAGAL) の2177Nだったのだ (そのフォルムから多分間違いないと思う) 。その残像は新しいローファーを購入する際や、ローファーを履くときに、今も私の脳裏にチラチラと浮かんでくる。同じものを自分が履いても同じようになるとは限らないのだが、それでも、彼女とマイケルのイメージがあるから、ローファーを履くときはとても気持ちがいいし、なぜか幸せな気分になれる。

もっとも、マイケルが履いていたローファーがリーガル (REAGAL) なのかどうかは知らない。おそらくG・H・バス(G.H. Bass) か何かだと思うのだが、もしもリーガル (REAGAL) だったら、それはそれで驚きだ。

ある時期、紐なしの靴を好む人は大人としての成熟度に欠ける傾向がある、というのを何かで読んで、それからしばらくの間、無理してプレーントゥや何らかの紐靴を履いていた時期があった。しかし、やはり人からどう見られるかより、仮に大人として未熟だと見られたとしても、実際未熟なんだし、それがありのままの今の自分なのだからそれでいい、と思えるようになった。

そうして、また新しいローファーを履き始めたとき、以前より、さらに軽く楽しいステップを踏むことができるようになった気がする。

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未発表アルバム『絆 (Kizuna) 』

ジョン・レノン (John Lennon) があの銃弾に倒れたとき、誰かがこんなことを言っていたのをなぜか今でも覚えている。人間は生きる力を失ったとき、死んでいくのだ。そして、それが寿命なのだ、と。それが正しいのかどうかはわからない。また、手塚治虫はその作品『火の鳥』の中で、生きるということの意味を問いかけた。「生きる」ということ。そんなことに意味があるのかどうか、わからなかった。今でもよくわかっていないのかも知れない。意味があるとすれば「ただ生きる」ということだけだと思っていた。考えても仕方がない、とさえ思っていた。

しかしその後、少し観点が変わってきた。それは、人は一生のうちにやらなければならないある使命が定められていて、それを全うしなければ、死なせてももらえないのかも知れない、ということだ。だからといって、生きるということの意味がわかったわけでもなんでもないことには変わりはないのだが。

摩訶不思議黄昏色楽団 (Magical Twilight Orchestra) のまだ未発表だが、8枚目のアルバムとして発表される予定の『絆 (Kizuna)』という作品がある。それはタイトルが示す通り、まさに「絆」をテーマにしている。親と子供、親と親つまり夫婦、祖父母と子供、子供とそのまた子供・・・・・・。絆は受け継がれてゆく。家族の絆は切っても切り離せないもの。一緒に暮らす動物も同じ。このアルバムは個人的にとても大切な意味を持つアルバムで、このアルバムを完成させない限り、自分は死なせてももらえないのだ、と思っている。だから、どんなことがあっても、なんとかして、最低でもこのアルバムまでは完成させたいと思っている。さらに欲を言えば、12枚目のアルバムとなる『愛と永遠のバラード』(すごいタイトルだと思うが、このままでいいと思っている) までを完成させたい。楽曲のストックは年々増殖を続けているので、それらを贈り続けるのが今現在の自分に与えられた使命なのだ、と解釈している。そして、そういうものが誰にでもあるのだろうと考えている。絆、縁そして一期一会。日本という国には素晴らしい観念がある。そしてそれらには人によって細かな解釈の違いがあるかも知れないが、最終的には「生きる」ということにも繋がっていくような気がする。

さて、例えば3年後にはさらに欲が膨らみ、20枚目のアルバムまで完成させたい、とか思っているのだと思う。そうするとある時、そんな人間に呆れた神様や仏様がやって来て「お前さんはもういいよ。充分ですよ」って肩を叩かれたりして。。

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